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2003.12.13 (Sun) 「GROOVIN' TIME vol.3」 /SHIMOKITAZAWA440
※杉並区在住。R&Bをこよなく愛し、我が道を突っ走る”たま”さんからの
ライブレポートです。
クリスマスも近い冬の東京。駅を降りると、再び冷たい風が舞い込んでくる。
この日、音楽ライター志望のわたしは「groovin' time vol.3」のLIVE REPORTを一生
懸命書き下ろして、みんなに天才って言われたいなぁ。という堅実かつスマートな考
えで下北沢の駅へ降り立った。
「ざみぃ...。」一瞬身を縮ませ、目的地へ向かい歩く。「若者が多いなぁ...。へぇ、
さすが若者の街下北だよね。なんか賑わってるよねー。」下北沢へのカントリーマァ
ムな感想を抱きつつ、しばらく歩くと通りの向こうに、ぼんやりとシックでウォーム
な明かりが目に入ってきた。-440 オープンテラス席のある、お洒落カフェ風LIVE HOUSE。ガラス張りの店内の様子をうかがいつつ、ドアを開ける。

-RIKUO-グルーヴィーピアノマンを名乗る男ー
CDや映像でリサーチ済み。ファンキーでクールでシャープなルックス。ナイーブでい
ながら、ハイテンションな曲。そして関西弁。イメージは掴めていた。...つもりだった
会場は既に、ビールやカクテルを片手に談笑する女性客や学生風の男子、業界人風の
紳士、業界人風のオヤジなどが、これから始まるLIVEを待ちわびる、HOTな空気に満
ちていた。そんな冷静と情熱の間な雰囲気の中、待つことしばし...、
RIKUOの投げキッスで始まった。

-「groovin' time vol.3」-
始めて生で観るRIKUOのパフォーマンス。
リラックスモードで1曲目「せっかくだから」を歌い上げ、続く2曲目、3曲目...のアッ
プテンポな曲達で客をハイテンションへ巻き込む。
そして、『夜の過ごし方 朝の迎え方』一気に、せつなく、アンニュイで、でもほの
あたたかい空気にスローダウン。大人のグルーブが漂う。漂ったグルーブは、続く
「ナミダ」でさらにエモーショナルに膨らみ、ヒートアップ。RIKUOとメンバーの熱
いパフォーマンスで会場全体が「ナミダ」という熱い雨にうたれる...。それなの
に...。
一転、次の曲は「穴を掘る」。モグラ男になったRIKUOのチャーミングな姿を想像さ
せる(?)コミカルな曲で意表をつかれる。そして地上に戻った彼は、何くわぬ顔で
「Kiss」「幸せの快楽」をスウィートかつグルーヴィーに語りかけ、観客を魅了する
のだ...。
そして事件は起こった。記憶がなくなる前兆などはなかった。曲は『奇跡の瞬間』。
紅一点ストリングスカルテットのクールビューティー玉城亜弥が参入。タイトル通り、
ドラマティックな瞬間と展開を導きだす。彼女のパワフルで艶めいた演奏とRIKUO
のHOTなグルーブがジェットコースターの一番高い所から落ちたような高揚感と爽快
感を与えてくれていた。
ーそこから記憶が途絶えた。
気づくと観客達がアンコールの手拍子を打ち始めていた。
混乱する意識の中、なんとかアンコール3曲を聴き終え、ふらついた足取りで会場を
後にした。
下北沢を後にして1ヶ月、あれは、なんだったのか...今でも謎である。昔TVで観た宇
宙人に誘拐された人達(自称)の話を思い出した。誘拐された人達は宇宙船の中で、
情報管理(?)の為のチップを頭に埋め込まれ人間界に帰される。そしてその時の記
憶は全く無いのだ。じゃあなんで、誘拐されたってわかるのかは忘れたけど...。
恐くなって頭皮を観察してみたけど、別にいつもと変わりはなかったので、宇宙人誘
拐説はなかった事にして、あらためて考えた。
彼らの仕業だ。宇宙人ではない彼ら。グルーヴィーピアノマンRIKUOとクリエイティ
ブバンドマン達、そしてストリングス・クールビューティー。
そして怒濤のように途切れた記憶が押し寄せ、気づいた。宇宙人にチップを埋め込ま
れずにすんだと思ったら、埋め込まれてたよ!お母さん!グルーヴ!
そして、徒然なるグルーヴィングな日々が始まった...。
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2003.12.13 (Sun) 「GROOVIN' TIME vol.3」 /SHIMOKITAZAWA440
※京都在住、リクオのファンサイト「HEAVEN'S BLUE」の管理人でもある
まるさんからのライブレポートです。

初めての440、そして初めての今のリクオのバンドスタイルでのライブを聴いた。
ライブが終わって、思っていたより地味だったことにしばし呆然とした。だからと言っ
て、派手なものを期待したわけではなかったのだが。
演奏が良いとか悪いとかの問題ではない。演奏自体は出来過ぎているくらいであるし、
聴き手とのコミュニケーションも良く、ライブの内容としてはとてもクオリティの高
い素敵なものだったと思う。
確かに「雨に濡れたい」の山崎哲也のジャンべと玉城亜弥のヴァイオリンがとても効
果的にあの歌を作り上げて、とても素晴らしい出来であったし、井上陽水のカヴァー
である「氷の世界」も、ドラム、ベースとからみあってとてもかっこよかった。「美
しい暮らし」もやっと生のバンドバージョンで聴く事が出来た。大好きな「すべてを
忘れない」も演奏してくれた。いい演奏だった。感動した。たしかに、それは本当に
楽しかった。
ただ、私には素晴らしいピアノソロライブをするリクオという人が、今、なぜこのバ
ンドでライブをしなければならないのか、その必要性が感じられなかった。特に12
月8、9日と続いてクオリティの高いソロライブを聴いて来た後なだけに、そのギャッ
プが私の中にあったのかもしれない。
リクオはHERZというバンドで「アンダーグランド」というスタンスがあったように思
う。本人がアンダーグランドと思っていたかどうかは別としてHERZの存在はあくまで
もアンダーグランドでアヴァンギャルドであった。
HERZの存在が消えてしまってから、リクオソロにそのアンダーグランドな匂いは必要
ないと自分自身で何らかの形で区切りをつけようとしすぎていたために、意識的にメ
ジャーグラウンドの音を目指していたように思う。
音楽的にどちらが良いとか悪いとかの問題ではなく、インディペンデントレーベルで
はあったとしても、アンダーグランドというシーンからメジャーシーンに移行したと
いうだけのことであった。そのことで音楽的なアプローチが多少なりとも変化してく
るということは、ありがちなはなし。それにHERZでやっていたことはリクオのいくつ
かあるうちの一面であり、HERZというのはひょっとしたら現象であったのかもしれな
いと、今ではそう思ったりもする。例えばクラブへのアプローチもしていたHERZを離
れてから時間を経ずに出来た曲「ひかり」はまるでザ・バンドそのものだ。
HERZと離れたリクオは少し迷いを感じながら全く違うアプローチをヤマサキテツヤに
求めたのかもしれない。
そこでリクオが出会ったのは、ひょっとしたら自分自身?
どうして私がそんな風に思うのかというと、最近のリクオの新しい曲は「愛」の歌が
多いからなのだ。
失うことを恐れず愛のためにと歌う「アイガスベテ」最後はピアノから離れてアカペ
ラでサビを歌いはじめる「アイノウタ」「キセキノシュンカン」「ナミダ」。
タイトルを見ただけでも「愛」という言葉が使われているし、リクオ自身が「今、こ
の場に愛が足りていない」と叫んでいるような気さえする。たしかに今の世の中「愛
が足りない」って思う事がたくさんある。
自分自身と向き合うことで「愛」と言う言葉とイメージがたくさん出て来てるんじゃ
ないのかと、そんな風にも思える。
それはリクオに限らず、今の世の中みんなそうなるのではないだろうか?
好きな人が出来たことで、自分自身と向き合ってしまい孤独を感じてしまう、そこで
「愛」ということをふと思う。まるで「切ない幸せ」のようなことで、とても普遍的
なこと。
「愛」っていうのは、瞬間瞬間の積み重ねだと思う。まさに「キセキノシュンカン」
幸せな瞬間、傷付いた瞬間、優しく出来なかった瞬間、いとおしいと思った瞬間、嬉
しいと思った瞬間、ときめいた瞬間、もうだめだと思った瞬間、明日が見えなくなっ
た瞬間、目前にいる人を大事だと思った瞬間、嫌いになった瞬間。
例えば大好きな人に作った大根のたいたんを「うまかった」と言ってもらった時の幸
せな瞬間とか(最近、私が一番幸せだと思った事なの!)、理由はどうであれどうし
ても大事にしている人と離れなくてはならない悲しい瞬間とか、そんな風に、人それ
ぞれの日々のささやかで幸せな「シュンカン」や、とても悲しい「シュンカン」があ
る。そんな瞬間の想いの積み重ねが「愛」だったりするんだと思う。
音楽や歌というものは、そういう数々の瞬間から生み出されているはず。
そういう瞬間の連続が音楽になるのだと思う。
私は今だからこそもっとソロライブが聴きたい。ハシケンとのセッションも面白かっ
たし、そういうソロ同士のセッションももっと聴きたい。もっとリクオというソロミ
ュージシャンとしてのスタイルを見てみたいのだ。それに、大阪で「卒業写真」を聴
いた時に、もっとピアニストとしてのリクオのピアノも聴いてみたいと改めて思った。
ただ、ソロライブを聴きたいのなら勝手に地方へ飛べ、と言われるのかもしれないの
だが.....。
リクオは沈まない夕陽に向かって行くシンガーソングライターでピアノマン。いつも
切なさを感じながら、自分自身の宇宙を旅して、瞬間を感じとりながら歌を作ってメ
ロディを紡ぐ。新たな場所を見つけるために。そうして旅を続けてくれるうちに、聴
き手の私たちは大事な人といるその瞬間瞬間で、リクオの愛の歌を思い出し口ずさめ
るようになるのかもしれない。そうなったらとても素敵だと思う。
本来ならライブレポートという形で書きたかったのだけれども、最初に書いた通り、
私にとって、リクオが今なぜこのバンドでライブをしなければならないのか、その理
由が分からなかった。だから、ライブの時に感じた事、その感じた事から導かれたよ
うに自分のの思いを好き勝手に書いてしまった。ライブを心から楽しんでいた皆さん
にはとてもいただけない文章だと思う。これはあくまでも私の意見だ。ライブ自体は
とても楽しいものであったことは分かるし、そのクオリティは高いものだと思ってい
るし、私もパーティーとしてはとても楽しかったと感じている。ただ、これは、熱心
すぎる一人のリクオファンのただのわがままな愚痴として受け入れてもらえたらあり
がたい。
by MARU