記事一覧

「Hobo Connection Vol.1」リリースに寄せて

ファイル 508-1.psd

3/23(金)
●「Hobo Connection Vol.1」リリースに寄せて
 このアルバムは、自分のCDデビュー20周年を記念して、2010年の11月から12月にかけて、大阪、東京、福岡、名古屋で開催されたライブイベント「Hobo Connection」の、東京公演2日間の音源と映像を編集し、作品化したものです。アルバムには、イベントに参加してくれた37人のミュージシャンの中から、29人とのコラボ演奏を収録しました。
 イベント開催にあたって、各出演者との綿密な打ち合わせやリハーサルは行いませんでした。当日の会場リハーサルでの音合わせのみで、本番のセッションにのぞんだ共演者もいました。細かい決めごとや段取りをなくすことで、瞬間のインスピレーションが高まり、コラボならではの化学反応が増幅されたように思います。
  イベントには、世代を超えて、実に多様な個性が集まりました。彼らをジャンルで括ることはできませんが、参加してくれた皆に共通して、それぞれの音楽、パフォーマンスから、パーソナリティーが滲み出ていると思います。イベントを通じて、自分はやはり、その人のニオイが伝わる音楽が好きなんだということを再認識しました。
 キャリアを積み重ねる中で、自分に求められるものが、少しずつ変化してきていると感じています。このイベントでは、「橋渡し」あるいは「媒体」としての役割を意識しました。「HOBO CONNECTION」というイベントタイトルに、そうした意識が反映されていると思います。そしてこのイベントは、自分自身の過去、現在、未来が繋がる機会にもなりました。
 アルバムの製作にあたっては、少し大げさですが、「この作品を残すことが自分の役割だ」という意識を持ってのぞみました。多くの人達のサポート、尽力によって、アルバムが完成したことを、心から感謝しています。そして、この作品を通じて、自分が勝手に受け取ったバトンを、また誰かが勝手に受け取ってくれることを願っています。

 アルバムリリースに合わせて、明日から、下北沢ラ・カーニャ2days公演を皮切りに、各地でコラボ・ライブイベント「Hobo Connection 2012」が開催されます。このイベントが、来てくれたお客さん、関わってくれた人達すべてにとって、出会いと繋がりの場になればと思っています。
 ぜひ会いに来て下さい。一期一会の夜を共に楽しみましょう。
ーリクオ

西表島、ぜひまた!

ファイル 507-1.jpgファイル 507-2.jpgファイル 507-3.jpgファイル 507-4.jpgファイル 507-5.jpg

3/19(月)
 午後からはイッケー君に島を案内してもらう。いや〜、見るものも聞く話も新鮮で、楽しかったなあ。また来たい。いや、行くぞ!

西表島初体験

ファイル 506-1.jpgファイル 506-2.jpgファイル 506-3.jpgファイル 506-4.jpgファイル 506-5.jpg

3/18(日)沖縄県西表島 離島振興総合センター
 縁が繋がって、初めて西表島でライブをやらせてもらうことになった。この日はまだ3月だというのに気温が30度にまで上昇。石垣島と西表島は今日から海開きだそう。早!
 ライブを主催してくれたイッケーくんは、浜松出身33歳の若者。西表に来て11年になるそう。リハーサル前に、彼が車で島を案内してくれる。
 西表島の面積は石垣よりも広いけれど、人口は石垣の4万5千人に対して、わずか2千300人。平地が少なく、島の90%を亜熱帯の自然林で覆われた景色は、同じ八重山でも石垣とはかなり異なっていた。
 マングローブの森はこの島を特徴づける景色の1つ。川も多い。植物と生物が多様なのもこの島の特徴。イリオモテヤマネコへの注意をうながす立て看板を方々の路肩で見かけた。イッケーくんが電線の上の鳥をさして「あれが天然記念物のカンムリワシですよ」と教えてくれた。
 田上が始まったばかりの水田地帯にも連れていってもらう。西表島で米作りが始まったのは戦後からなのだそう。イッケーくんが連れてきてくれた場所は、10年前まではジャングルだった土地を切り開いたのだそう。開拓移住者による集落が多いのも西表の特徴。
 ライブ会場の離島振興総合センターは中学校の講堂を兼ねた場所だった。
 会場には子連れのお客さんが多く、ステージが進むに連れて、お母さんと子供等が演奏にあわせて楽しそうに踊りはじめた。とても自由で幸せな光景だった。 
 イッケーくんはじめ、イベントに関わってくれた人達は、ほんんどが内地から移住してきた若者達だった。彼らの多くは農業に従事していて、仲間の絆はとても強く見えた。彼らは生きてゆくための新しい価値観を求めて、この島に来たようだった。
 イッケーくんは、野外フェス好きが高じて、理想の祭りを求め、遠くアフリカにまで足を運んだそう。今は、西表島に出来る限り長く暮らし、この島から理想の祭りを発信してゆくことがライフワークなのだそう。とにかくエネルギーに満ちていて、笑顔の素晴らしい若者だった。
 またいい出会いをもらった。

石垣にて

ファイル 505-1.jpgファイル 505-2.jpgファイル 505-3.jpg

3/17(土)沖縄県石垣島 Jazz Barすけあくろ
 石垣に来ると、ほんと心がほぐれて、気持ちが解放されてゆく。帰ってきたという気持ちになれるのは、迎え入れてくれる人達がいてくれるからだ。 この日も、ホテルにチェックイン後、すぐ自転車をレンタルして海沿い走った。これが石垣に来た時の恒例。気持ちよく走り過ぎて、リハーサルの時間に随分遅れてしまった。
 今回のライブでは、最近、すけあくろに入ったばかりだというアプライトピアノを弾かせてもらった。昭和37年生まれだというから、オレのお姉さん。柔らかい味のある音がした。
 いつもよりかなり長時間のライブになった。普段はやらない曲を何曲も弾き語った。リクエストにも数曲こたえた。すけあくろでしかできないライブになった。どこでも、その場所でしかできないライブをやりたい。それが楽しい。
 ライブ中から泡盛を飲み続けてとても気持ちよく酔っぱらった。アホなことをたくさん喋った。知人の相談にも乗った。ほとんど話聞いてただけやけど。
 暖かくて、懐かしくて、楽しくて、ちょっと切ない気分になったのはなんでかな。

五感で繋がるー那覇で感じたこと

ファイル 504-1.jpgファイル 504-2.jpgファイル 504-3.jpg

3/16(金)沖縄国際アジア音楽祭?musix2012? ライブハウスサーキット@桜坂劇場
【会場】桜坂劇場ホールA
出演:新良幸人withサトウユウ子/下地勇/リクオ
 石垣島出身の歌者、新良幸人くんと沖縄在住のピアニスト、サトウユウ子さんのデュオ録音によるアルバム「浄夜」は、昨年自分が聴いたアルバムの中でもベストの1枚だった。そんな二人に加えて、宮古島出身のシンガーソングライター、下地勇君とも久し振りに共演できるということで、この日のイベントに参加できることが、とても楽しみだった。
 この日の那覇は26度を超える陽気。吹く風が実に心地よく、最近何かとせかされていた自分の心が、柔らかくほぐされてゆく気がした。

 新良幸人くんとサトウユウ子さんの演奏にはリハーサルの時から聴き入ってしまった。
 3.11以降、「繋がり」という言葉が、さかんに使われるようになった。自分自身も、その言葉をことあるごとに使ってきた。ただ、そこで言う「繋がり」は、人間同士の繋がりだけを指していることがほとんどだったように思う。けれど、この時代の転換点において求められるのは、人間同士の繋がりだけではないはずだ。
 幸人くんや勇くんの音楽に触れると、彼らが生まれ育った土地の風土や歴史、自然との繋がりを強く感じる。とてもひろく響き合おうとする音楽だと思う。
 彼らの音楽からは、風の声や潮騒が聴こえ、懐かしい景色がひろがってゆく。ニオイや味も伝わってきそうだ。頭でっかちじゃない五感の豊かな音楽なのだ。
 そう、理屈や気持ちだけじゃなくて、もっと五感で繋がってゆくべきなのだ。今の日本で暮らす自分達に、決定的に欠けている点は、そこなんじゃないだろうか。「繋がり」という言葉の意味をもっと問い直すべき時なのかもしれない。

 アンコールでは出演者全員でセッション。幸人くんの名曲「満天の星」ではサトウユウ子さんとピアノを連弾した。素晴らしいセッションになった。この感覚を忘れずにいたい。
 もっと多くの人が、都会の中でも「満天の星」を感じて暮らしてゆけたら、人々の意識や価値観は随分と変わってゆくに違いない。

渋谷でHEATWAVEのライブを観る

3/13(月)
 渋谷DUOまでHEATWAVEのライブを観に行った。このライブは、被災地の相馬市をピンポイントで支援する為に、HEAWAVEの山口洋とラグジュアリーブランドChloeが共同で立ち上げたプロジェクト「MY LIFE IS MY MESSAGE」の活動の一環として企画されていた。
 相馬市は、自分も10数年前からツアーで何度も訪れている縁のある街だ。この日のライブ会場では、相馬からやってきた何人もの知人と再会を果たすことができた。その他にも知った顔が大勢。
 集まった多くの人達は、主催者側の思いを感じとって、この日のライブを普段のライブとは違う特別なものとしてとらえているいようだった。

 ステージ上の山口洋は、伝えたい思いに溢れていて、時々それらを持て余し、もどかしそうだった。バンドのメンバーは、そんなヒロシの思いを柔らかく受けとめ、しなやかかつ無骨で強靭なグルーヴを生み出していた。集まったオーディエンスも、ヒロシが感じている以上に、彼の思いを受けとめていたと思う。 
 
 この日の山口洋からは、憤りよりも他者に対して寛容であろうとする姿勢が伝わった。この1年の間で、彼の中で少しずつ何かが変わり始めているのだろう。その様をドキュメンタリーのように見せてゆけるのが、山口洋の魅力の一つかもしれない。突然目覚めたり、啓示を受けたりして変化するよりも、時間と経験を経て徐々に少しずつ変化してゆく姿に、自分は信頼を置く。

 この日のステージには、沖縄からゲストで歌者の古謝美佐子さんと鍵盤奏者の佐原一哉さんが参加。古謝さんの、すべてを包み込むような存在感と天に響く歌声は、ほんと素晴らしかった。佐原さんは古謝さんの媒介者、翻訳者のような存在だと思った。
 
 色々と感じさせられ、語ることのできるライブイベントだった。


 山口洋は今月からソロで全国を回ります。これも「MY LIFE IS MY MESSAGE」の活動の一環として行われるツアーです。 
http://no-regrets.jp/heatwave/news/120110/index.html
 リクオが企画するコラボ・ライブイベント「HOBO CONNECTION2012」の3/30(金)京都磔磔、3/31(土)名古屋得三、5/8(火)渋谷クアトロ公演にも、山口洋が参加します。 
http://www.rikuo.net/hoboconnection/

 

1年を経てー「希望」のための告白

3/11(日)

「自分は、被災した人達と、思いを一体化させることはできない」
 わかっていたはずのことだけれど、昨年5月、震災後に初めて、被災地である石巻、女川、南三陸を訪れた時に、あらためてそのことを思い知りました。あまりにも大きな哀しみや絶望を受けとめるだけの想像力と心の容量を、自分は持ち合わせていませんでした。感情移入し過ぎると、自分が壊れそうな気がしました。

 この世は、あまりにも不条理に満ちていて、それらすべてを直視し、受け入れて暮らすことは、困難です。世界中の絶望に心のチャンネルを合わせることは不可能です。他者への想像力の大切さを感じる一方で、その想像力にリミッターがかかってしまうことがあるのも、仕方がないように思います。
 人は極度の不安と緊張に、長く堪え続けることはできません。だから、事態が収束もしていないのに、忘れようとしてしまう。オレもそうです。
 けれど、不安や絶望、矛盾に向き合わなければ、見いだせない希望があります。希望なしには人は生きていけない。だから、絶望に心のすべてを取り込まれないよう気をつけながら、その先の光に目を凝らさなければいけない。力み過ぎず、焦り過ぎず。

「人は互いに寄り添わなければ、生きていけない」
 そのことも被災地で強く感じました。そこでは、多くの人達が助け合い、いたわりあって生きていました。現地でのボランティアの皆さんの活躍には、頭の下がる思いでした。音楽を通して、被災地の人達と、ほんの少しでも繋がれたような気がしたことは、自分の救いになりました。震災後のやりきれない思いの中で、自分は音楽によって何度も救われました。
 そんな自分の行動には、自己満足や偽善も含まれていたと思います。被災地に何度も足を運んだ動機の一つには、「何かすることで、まとわりつく『後ろめたさ』を解消させたい」という都合の良い自分本位な思いがありました。高揚がおさまると、そういった自分の不純や矛盾に気づくことがありましたが、そのことで必要以上に自分を責めることは、やめるようにしました。行動には、そういう不純な動機も含まれるものだと思って、開き直ることにしました。ただし、これから生きてゆく上で、「後ろめたさ」とは、付き合い続けようと思います。

 人は「孤独」を抱えて生き続けることはできても、「孤立」に堪え続けて生きることはできないと思います。自分達の他者への無関心が、多くの人を孤立化させるだけでなく、結局、自分自分も孤立化させてしまうのだと思います。だから、しんどくても、その想像力のリミッターをはずさなければいけないときがあります。
 そのときに、きっと自分自身の心も傷つきます。だから心が壊れてしまわないよう、自分自身をいたわることも忘れずにいようと思います。

 最後に、去年の3月16日のブログに掲載した詩を、あらためて掲載します。
 この詩を書いた時の自分は、東北から離れた場所にいて、不安と絶望に心を苛まれていました。被災した人達のことも想いました。自分の無力さに、やりきれない気持ちで一杯でした。そんな気分の中で、言葉を探し、メロディーを思い出そうとしたのは、つまり、どうにかして「希望」を見いだしたかったからです。そのときの思いを忘れずにいようと思います。
 一体にはなれなくても、繋がりたい。方々を巡りながら、その方法を探し続けてゆくつもりです。    
       ーリクオ           


しばらくテレビのニュースを消して、パソコンも閉じて、心を鎮めてみる。
自分の弱さ、脆さを嘆くのはやめる。認めてやる。
そらしゃあない。
自分にとって大切なものは何?
つないだ手のぬくもりを思い出す。
忘れかけていたメロディーを口ずさむ。
少し無理をしてバカなことを言ってみる。
結構受けた。
笑顔にほっとした。
自分の中にあった優しさを思い出す。
希望を思い出す。
勇気を思い出す。

新しい暮らしが始まる。
新しい生き方を探す。
一人ではなく。
哀しみを忘れない。
後悔を忘れない。
後ろめたさも忘れない。
でも、引きずらない。
力み過ぎない。
祈り続ける。
歌い続ける。
新しい言葉とメロディーが生まれる。
呼吸を整えて、元気を出す。

下北沢でMAGICAL CHAIN CLUB BAND

ファイル 500-1.jpg

2/29(水)下北沢 440(Four forty)
「MAGICAL CHAIN SPECIAL!」
【出演】MAGICAL CHAIN CLUB BAND
リクオ(pf&vo)/ウルフルケイスケ(g&vo)/寺岡信芳(ba.)/小宮山純平(dr.)
 とても楽しみにしていたMCCB下北沢440ライブ。ただただ音楽に集中できる時間が、いつも以上に待ち遠しかった。
 この日のライブは、楽しくって、弾けるばかりでなく、今迄の4人のライブの中で一番、音を味わえた感じがした。

 "D'nt think! Feel"
 ほんまその通りやな。

 素直な心持ちでアホになる。けど、そのためには経験とスキルがいる。
 弾けて、突き抜ける。そのためには、柔らかさが要る。メリハリがいる。
 前からわかってるつもりでいたことに、あらためて気づかされる。まだまだできることが色々あるなあ。それって、自分の可能性に気づかされることでもある。
 Road to Wild
 洗練の先の粗野。
 このメンバー4人の関係は、素直さと、素朴さと、大人の距離感が同居してる感じ。このバンドに、運命共同体とか、パーマネントとかいう言葉は必要ない。いろんなバンドがあっていい。それぞれに自分のフィールドを持つ独立した4人が集まって、4人ならではの関係性の中で、4人ならではの音が奏でられたらいい。
 MAGICAL CHAIN CLUB BANDを通して、いろんな縁が繋がっていったら嬉しいな。来てくれてありがとう。これからもよろしくです。
 MCCB次回のライブは4/13(金)下北沢440です。ギターパンダとGROOVERSの藤井一彦も参加。お待ちしてます!
 

なぜ今バンドなのかーMAGICAL CHAIN CLUB BAND結成後初ライブ!

ファイル 499-1.jpgファイル 499-2.jpgファイル 499-3.jpg

2/24(金)大阪南堀江 knave
「MAGICAL CHAIN SPECIAL!」
【出演】MAGICAL CHAIN CLUB BAND
リクオ(pf&vo)/ウルフルケイスケ(g&vo)/寺岡信芳(ba.)/小宮山純平(dr.)
 細かいことを考えずに、勢いでバンドを始めることにした。バンドを始めることになって、勢いで曲を書いた。割り切れない思いを、なるべくシンプルに、かっこつけず表現したいと思った。そのために、自分のルーツであるR&R、R&B、ブルースといった音楽のフォーマットを使った。シンプルな制約の中にある、無限の自由、ワイルドネス、解放感。そこに立ち返りたかったのだ。
 その時期、その時期で、いろんなことをやりたくなってしまう。相変わらず欲張りなのだ。バンドもやるし、ソロもやるし、セッションもやる。やりたいことをやる。言いたいことを言う。歌いたいように歌う。音楽をやる上で一番のモチベーションは、正義とか、お金じゃない。何が自由かわからなくもなるけど、自由にやりたい。シンプルと逆説を同居させたい。あ、理屈っぽくなってきた。
 高校生で始めてバンドを組んで、30年のプロセスを経て、再び原点に立ち返る。そんな気分かなあ。
 この日のライブは、メンバー4人の「ときめき」と「衝動」が伝わったと思う。とにかく、気持ちよかったー。
 こういうロックバンドで演奏する機会が、長い間なかったので、やっぱりソロの時とは勝手が違うところもあって、ステージのペース配分がわからず、息が切れたり、音程がとりにくくなったりした。でも、色々あるのが、とても新鮮。
 この日のライブは、前回声がでなかったknaveでのライブの、雪辱戦でもあったのだけれど、ライブ中は、そんなことすっかり忘れて、演奏に没頭した。これだけ自分のMCが少ないステージはヘルツの時以来かもしれない。
 この4人で、これから多いに盛り上がって、マジチェンを繰り返したいと思う。
 ぜひ、皆さんも参加して下さい。来たらわかる!

和歌山県立串本古座高校でニューヨークスタインウェイを弾く

ファイル 498-1.jpgファイル 498-2.jpgファイル 498-3.jpgファイル 498-4.jpg

2/19(日)和歌山県立串本古座高校古座キャンパス 体育館(和歌山県串本町中湊370)
和高教第5支部 教育文化のつどい『“ROLLING PIANO MAN” リクオ コンサート』
 早朝のJRに乗って、和歌山市から本州最南端へ。
 今迄、日本中の色んな場所へ行ったけれど、和歌山県の紀州、紀南地方は、人も風土も、とりわけ印象深い地域だ。今迄、ライブツアーだけでなく、プライベートでも幾度となく訪れているのだが、古座を訪れるのは多分10年ぶりくらい。
 その間に古座町は串本町と合併。昨年9月の台風12号の時には、特に那智勝浦町と古座川町が甚大な被害を受け、この日のライブ会場となった串本古座高校の生徒の4分の1が被災したそう。
 古座高校を訪れるのは、多分16年ぶりくらい。会場の体育館に到着したら、思いがけない再会が待っていた。大変お世話になっている渋谷にあるピアノ販売&調律会社、タカギクラヴィア代表の高木さんが、体育館に置かれたグランドピアノの調律をしているではないか!しかも、そのピアノはニューヨークスタインウェイのフルコン(F1)。かって、クレイジーフインガーズのレコーディングでも使わせてもらった、あの最高のピアノだったのだ。何と、渋谷からわざわざ、この日のステージのために、ピアノを運んできてくれたのだそうだ。びっくり。感激した。
 タカギクラヴィアさんには、ホントにお世話になっていて、クレフィンのレコーディングだけでなく、4月に出るコラボ・ライブアルバム「HOBO CONNECTION VOL.1」(2CD+DVD)で使用しているのもタカギさんのピアノだし、今の自宅に置いているピアノもタカギさんから購入させてもらったものだ。
 この日のステージのPAを担当していただいた岡田さんと高木さんが知り合いだったことから、高木さんが現地まで足を運んで来てくれることになったのだそう。
 岡田さんは、長年東京でレコーディングエンジニアをされていたのだが、定年を迎えられて、串本町に越して来られのだそう。串本、勝浦には、岡田さんのように、他の街からIターンしてくる人が多いのだそう。
 コンサートには、幅広い世代の老若男女が集まって、満席になった。暖かいいい空間をコーディネイトすることができたと思う。高木さんによって調律されたスタインウェイピアノの鳴りは最高だった。お客さんの中に、リピーターの人がかなりいたことも嬉しかった。この日は、何人もの人達と再会を果たすことが出来たのだけれど、既に亡くなられていた方もいて、10年という歳月を感じた。
 この日の、宿泊先のぼたん荘は、かって、ぼたん荘内にあるホールでライブをやらせてもらったこともある、縁のある旅館。昨年の台風12号の時は、古座川が氾濫して80センチの床上浸水にみまわれ、営業の再開まで2ヶ月を要したそう。
 打ち上げは地元で上がった魚介類をたくさんいただく。打ち上げの帰りに、見上げた夜空の星の輝きには、圧倒された。こんな夜空を毎晩眺めながら暮らしたら、人生観も変わりそうだ。
 とっても印象深い1日になった。
 谷口先生、仲江先生他、地元の皆さん、大変お世話になりました。久し振りに古座に来れてホントに嬉しかったです。また元気に再会しましょう。

ページ移動